1平方センチメートルの土地まで誰かのもの
最近になって、Dr.STONEというアニメをAmazon Primeで視聴しました。
作品自体は結構前から知っていて、気になってはいたのですが、少年漫画の子供っぽさを感じなかなか視聴できずにいました。実際に視聴してみましたが、やはり少年を対象とした大味な作品であることには違いないと思いながらも、なかなか考えさせられる描写も多くありました。
特に、地球の環境問題などに興味がある私としては、人がいない世界観、文明のなくなった地球という設定は、非常に興味深く感じました。
そして、劇中で描かれる、科学の世界を取り戻すことを良しとしない勢力の理想は一種の共産主義的な主張とも資本主義社会への批判とも取れ、最善を模索する現代人類の悩みを映し出しているとも思いました。タイトルに挙げたように、本来地球資源は誰のものでもないはずなのに、現代の世界では1平方センチメートルに至るまで全ての土地が誰かの所有物であるとし、プレゼントするために貝殻を海岸で拾っていると、大人に盗みだと言われて殴られる子供が劇中に例として挙げられます。
これは現代の日本でも起こり得る問題であると共に、世界的には先進国が資源を独占して地球環境を破壊し、途上国は質素な暮らしをしているにも関わらず破壊された環境の影響で一層生活が悪くなるという関係性にも感じられます。
今回は、そんなDr.STONEというアニメについて感じたことや、考えさせられる点についてまとめてみようと思います。
少年向けの漫画原作でアニメ化もされたDr.STONEとは
Dr.STONE(ドクターストーン)という作品は、2017年から週刊少年ジャンプに連載されている漫画です。原作は稲垣理一郎、作画はBoichiで、2021年4月時点で、累計発行部数は1000万部を超えている人気作品となっています。
アニメ化もされています。2期3クールで構成されていて、全35話(1期24話、2期11話)となっており、いずれも2021年10月時点では、Amazon Primeで視聴が可能となっています。
ジャンルとしては紛れもなくSFです。世界観が非常に独特で、多くの人はその特殊な設定に惹かれてしまうのではないでしょうか。少なくとも私が興味を持ち、視聴することにしたのは世界観が理由です。
Dr.STONEの物語は、全ての人類が突然石化して活動できなくなり、そこから3000年以上が経過した世界で繰り広げられます。主人公は、科学が大好きな男子高校生で、物事を合理的に考えて実行する知性的なキャラクターです。石化が解けて動けるようになった原因を調べ、そして石器時代のような世界から、元の科学的な世界に戻していくことを考えます。
石器時代に戻った世界で科学の組み立て直し
何もかもを失った主人公は、自然の中で生きていくため、石を割って石器をつくるところから始めます。
この物語の対象読者である少年層でなくとも、この状況は非常にワクワクとさせてくれます。
石器を作り、木材を切り出し、土器を作って食事を取ってと、徐々に生活の基盤を整えていきますが、同時に一人で生活することの困難さにも直面していきます。なんとか石化解除の謎を解き明かし、数人での協力生活を始めて行きます。
叩いたり潰したり、収集したりといった原始的な方法で集められる資材を元に、生活を豊かに、そして安全にするような科学的な解決を進めて行きます。科学的な知識のない読者や視聴者にも分かりやすく簡単な解説もありますが、何よりも主人公が何もない世界の中で、よく知っている便利なものを次々と生み出していく様は、見ていて非常に爽快で楽しくもあります。
生活に必要な文明や薬剤など
ストーリー中盤から後半にかけて、本当に多くの科学的な技術を再現していきます。
中には抗生物質のような薬剤もあれば、日本刀のような純粋な武器もあり、ストーリー進行に合わせて多くのものが登場します。そして、その製造過程で作成できるようになるものや、組み合わせることで非常に有用となるものなどが、うまくストーリーに絡み合わせる形で登場させているのも好印象です。
例えば石炭の使用に合わせて暖房器具を作成して人々の生活を豊かにする表現や、ギアや発電機を組み合わせて水力発電所を作るといった流れなど、非常に分かりやすく文明の進化を描けています。
ただ、帝王学というか、大人の考える最善とは逸脱した進め方があるなど、主人公の進める科学文明の構築の仕方には批判もあるようです。実際私が見ても、製作するものの順番が正しくないとか思ってしまいます。その辺は、漫画で少年向けでもあるので気にしたら負けなのだとは思いますし、何よりも最善なんてものは結論がでるものでもないでしょう。
個人的な感想を書くと、電気を作り、電球に明かりが灯った瞬間の描写は、Ark:Survival Evolvedという大好きなオープンワールドなゲームを思い出しました。松明で生活していた暗い住居が、電気の力で明るく照らされる瞬間は、Virtualな世界でも忘れらない程印象的な出来事で、その感動と同じように描かれるシーンはとても共感できました。
世界は荒れ果て自然に還る - 人のいない世界
Dr.STONEの世界には、現代に生きている人は全て石化してしまっていて、主人公を含めて数えるほどしか生きている人類は登場しません。
地球にかつてあった建造物なども、3000年の月日でそのほぼ全てが自然に還ってしまっていて、その痕跡なども登場しません。実際に3000年程度の年月ではそこまで自然に還るとは思えませんが、劇中ではそういった描写は見当たりません。
人類が活動しなくなったことで、それは見事な自然環境が構築されているその描写は、現代社会の問題点に対する皮肉なのかと思ってしまうのは私だけでしょうか。
2021年現在、地球温暖化やそれに伴う予測不能な気候変動という、人類全体の大きな共通課題がありますが、各国のリーダーが何度も話し合い、進めていこうとしますがその行動は遅く、環境の悪化に歯止めはかかりません。
そんな時、誰かは思ったのではないでしょうか。人類は皆いなくなれば良いと。
記事を書きながら、「寄生獣」を思い出してしまいました。
対抗する勢力として描かれる「科学文明否定派」
Dr.STONEの世界で、主人公たちは石になった人々を元に戻し、人類が築き上げた文明社会を取り戻そうとしていきます。
しかし、復活させた人の中で、その意見に賛同しない人「獅子王司(ししおう つかさ)」が現れます。物語は、その司の率いる勢力「司帝国」と、主人公である石神千空(いしがみ せんくう)が率いる「科学王国」の対立に集約して行きます。いかにも少年漫画らしい展開です。
王国とか帝国とかの名称に、王政とか帝政を見出そうとしてはなりません。そんな政治的な描写はありませんし、少年漫画には必要ないでしょう。
獅子王司は石化からの復活後、自由に海で魚を捕り、貝を集め、自然と共に生きることができること、そしてそれが許される世界に感動というか、充足感のようなものを得ます。当たり前のことではあるのですが、石化前の世界はそうではなかったというのです。
そのため、獅子王司は石化を解除する人を「選別」することを考え、不要な石像を破壊し始めます。主人公はその行動を「殺人」と批判しますが、獅子王司の信念は揺らがず、その対立は決定的なものとなります。
最大の問題点として「大人の既得権益」を挙げる
冒頭に挙げたように、石化前の世界、つまり現代社会では魚や貝を取ることも満足にできない、海も土地も残さず誰か大人のものであると、獅子王司は指摘します。幼少の時に、貝を集めていると、その海岸の所有者に殴られたというエピソードが語られます。
大人まで復活させてしまうということは、生きていくための糧を集める海の資源などが、再び大人たちに占有されてしまうことになるので、すべきではないと言うのです。つまり大人が既得権益を守るために動き、醜い争いが再び起こることを懸念しているのです。
この考え方は理解はできなくもありませんが、石化を解除する人を「選別」するという思想は非常に危険な考え方でしょう。それは神の所業です。人の善悪を判断しようとする考え方は、Death Note(デスノート)の主人公である夜神月(やがみらいと)を彷彿とさせます。
誰が上で誰が下などがなく、人々が平等に働いて共に生きていこうとする司帝国の考え方は、共産主義的だと断定しても問題ないでしょう。ですが、主人公側の科学王国は、経済などについては触れず、科学の発展だけを考えているため、そういう視点でいうとかなり稚拙な集団と評価せざるを得ません。
Dr.STONEは大人と少年で感じ方が異なる作品
この作品は、大人と子供で非常に捉え方が異なってくる作品だと思います。
Dr.STONEが連載されている週刊少年ジャンプの対象が少年だけだとは思いませんが、ターゲット層としては大人よりも少年から青年、高校生くらいを狙っているものでしょう。実際に、そういった層に理解できるような内容に落とし込んでいるように思います。
このDr.STONEという作品を、そういった若年層が見ると、別の考え方を持ったグループとの抗争にドキドキし、科学の発明などにワクワクするといったような、純粋に「楽しい」作品であると感じられるのではないかと思います。
一方で、社会に出て働いているような一般的な大人が観ると、これはまた違った感じ方になるでしょう。私のように地球環境のことに興味を持っている人が観ると、環境問題に対する接し方であったり、その他にも資源の活用の問題、そして経済の仕組みなど、本当に様々なことを考えさせられます。それが良いことなのか、作者の意図しているところなのかまでは分かりませんが、とにかくそんなところも含めて「面白い」作品と言えるのではないでしょうか。
まとめ - もし地球上の人類がいなくなると -
地球上に生息する人類が残さずいなくなれば、地球の気温上昇は止まり、元の豊かな地球が還ってくるのでしょうか。
我々が考えなければならないことは何なのでしょうか。
個人が幸せに生きることは何よりも重要なことでしょう。
しかし、個人が幸せになることに躍起になることで、未来の人類が苦しい状況になることは許されることなのでしょうか。現代社会ではそういった行動が罪に問われることはありません。個人の行動が原因であると明確に因果関係を証明できませんし、問題が具現化した時には、原因となった人はこの世にはいないかもしれません。
しかし、現在地球で起きている環境問題や、地球温暖化・気候変動といった問題は、まさにこういった「法で裁けない」問題なのです。また、資本主義という利益追求が人類の科学を進歩させましたが、その考え方自体が地球温暖化への対策を鈍化させているとも言えます。
Dr.STONEの主人公が取る行動はワクワクしますし、楽しいと感じる反面、同じ歴史を繰り返し、限られた地球資源の消費が加速していくという不吉な予兆にも受け取ることができ、手放しで賛同できない自分がいます。
何度引き合いに出したか分かりませんが、ホセ・ムヒカのスピーチについての記事を掲載しておきます。消費社会の問題を政治的に解決しなければ、私たちの倫理観は成長せず、変わらず未来の人々を苦しめる科学社会を構築してしまうように思います。
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