ヨハネの首を求めたサロメ - へロディアの娘
皆さんは、「サロメ」という女性をご存じでしょうか。
サロメは、歴史や宗教に興味のある人には衝撃的で忘れられない人かもしれませんが、私もその一人で、サロメの名前を見るだけで「首を受け取る」シーンが思い出されてなりません。
今回は、キリスト教で伝えられる実在したサロメ(へロディアの娘)について、まとめています。歴史的な通説と合わせて、近年の歴史研究者たちの見解や、サロメの名前に関する最近の話題まで取り上げてみます。
グイド・レーニ 『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』 1630-1635
サロメは新約聖書で伝えられる実在した女性
「サロメ」は、キリスト教の新約聖書で伝えられる実在した女性の名前です。
イエス・キリストと同じ時代の1世紀ごろに、古代パレスチナにいたとされています。執筆時の西暦(2022年)からすると、ちょうど2000年くらい前の人ということになります。
古代パレスチナは現在のイスラエスで、場所にすると以下のあたりです。今もユダヤ教・キリスト教・イスラム教などを中心に、宗教・民族などの紛争が絶えない地域として世界的にも注目されている地域です。
サロメが生きた時代の古代パレスチナは、ローマ帝国に支配されたユダヤ教社会でしたが、イエス・キリストやその師ヨハネたちが新しい思想を広めており、ユダヤ教やローマ帝国による思想家の捕縛や処罰が行われるたりする不安定な状況でした。
サロメは褒美に男の首を所望したことで知られる
サロメは自身が受け取る褒美に、捕縛された一人の思想家である「ヨハネ」の首を要求したことで非常に有名です。
女性が男性の首を欲しがるという異常で残酷な物語は多くの人に衝撃を与えたため、サロメは数々の芸術作品や戯曲の題材にもなっています。
現在でも「サロメ ヨハネ」とGoogleで画像検索するだけで、大量の芸術作品を見つけることができます。
どの作品も、サロメがお盆にのったヨハネの首を受け取っているという衝撃的なシーンを描いています。
切り落とされた愛するヨハネにキスをする女 - サロメ
事実ではなく、1891年にオスカー・ワイルドによって書かれた戯曲「サロメ」から紹介してみます。物語だけあってより衝撃的で、1931年までイギリスでは上映が禁止されていたほど背徳性が高い内容になっています。
・サロメは捕縛されていたヨハネと出会い恋をします。
・ヨハネは領主の娘であるサロメを非難して拒絶します。
ここまではよくある悲恋の物語ですが、ここからのサロメの行動の異常性が目を引きます。
・サロメはヨハネに対して「必ずキスをする」という約束をします。
・サロメは領主の父に命ぜられて宴で踊り、褒美をもらうことになります。
・褒美にヨハネの首を要求し、切り落とされて運ばれてきた首にキスをします。
恋をした男性の亡骸にキスをするというのは、とても恐ろしい構図です。
ちなみに戯曲サロメを最初に日本語訳したのは、明治大正の小説家で知られる森鴎外だそうです。
切り落とされたイエス・キリストの師ヨハネの首
ヨハネはイエス・キリストの洗礼者で、師ともいえる人です。
イエス・キリストは出生の時に、大天使ガブリエルからマリアに対して受胎告知が行われたことで有名ですが、少年期の物語は殆ど伝えられていません。
成長したイエス・キリストは普通の人でしたが、当時新しい思想を広ていたヨハネに興味を持って集団に加わり、しばらくして洗礼を受けることになります。洗礼者ヨハネは、成長した普通の人でしかなかったイエスと神を再び引き合わせた人であり、非常に重要な人物でもあります。
洗礼を受けたイエスは、神から使命を与えられ、自分には残酷な死が待ち受けていることを知りながら、人々に神の教えを伝えていくという行動に出ます。この教えを、イエスの死後に弟子たちがまとめたものが、今日までキリスト教として伝わっています。
ヨハネは、神の使命に従って行動を始めたイエスとは別行動をするようになりますが、ユダヤ教徒たちに捕縛され、領主の館に投獄されてしまいます。イエスが捕縛されて処刑されるよりも前の話です。
サロメがヨハネの首を欲した理由は母にある
戯曲「サロメ」ではなく、歴史的な事実としてのヨハネの死とサロメについてもまとめておきます。
・サロメの母へロディアは、結婚しているにもかかわらず領主ヘロデに恋をします
・離婚してヘロデと再婚します
・不倫の末の離婚と再婚のようなへロディアの行動を、ヨハネは批判します
批判されたへロディアは、ヨハネに対して強い恨みを持つようになります。戯曲「サロメ」と同じように、サロメが踊りの褒美に好きな物を選べることになります。
・領主ヘロデがヨハネを投獄します
・サロメが宴で踊りを誉められ、褒美を受け取れることになります
・母へロディアがヨハネの首を要求するようにサロメに指示します
通説では、サロメは褒美にヨハネの首を所望するようにと恨みを抱いた母から命じられていたいうことになっているので、サロメではなく母のへロディアこそ歴史的には主役ともいえるのではないでしょうか。
歴史研究者はヨハネの思想を危険視した結果とみる
父であり領主のヘロデ・アンテパスは、危険な思想を流布しているとしてヨハネを捉えて牢獄にいれていました。
ヘロデはヨハネとの会話から、ヨハネの考えの合理性や現社会の異常性などを感じ始め、様々改善すべきではないかと考えるようになっていたという考察があります。
ヨハネのいた舞台である当時のパレスチナは、ローマ帝国に支配されているユダヤ教社会で、その中で新しい考え方として「ユダヤ人でなくても救われる」とするイエス・キリストの教えが広まり始めていました。
様々な既得権益を失う恐れのあったユダヤ教の人々が、新しい考え方の流行を阻止するために、思想家を捉えて処罰するという風潮にあり、ヨハネもイエスもその犠牲になったというのが歴史的事実として伝わっています。
ヨハネの考えに傾倒し始めるヘロデに危機感を覚えた妻のへロディアが、「ヨハネは今殺しておくべき」と考え、娘のサロメに褒美として要求するように指示したとする歴史研究家たちもいるようです。
再婚を批判して恨んだとする通説も実際にありそうですが、どの時代でも既得権益を守ろうとする人は時にとても残虐な決断をすることがあり、へロディアもその一人だったのかとも思えてきます。
School Daysは戯曲サロメのオマージュか
歴史の中には様々な衝撃的なことが起こっていますが、この「女性が男性の首を受け取る」というあまりにも衝撃的なお話は、なんと2000年もの時を経て伝わっています。
この衝撃的なお話は、近年のアニメにもなったSchool Daysという作品の結末に近いものを感じます。同作品の最終話はあまりにも内容が衝撃的だったため、放送が船の映像に差し替えられてしまったことから、nice boatというネタにもなっていて、上映が禁止されていたサロメと共通しているようにも思います。
主人公の伊藤誠に恋をするヒロイン桂言葉(かつら ことのは)は、恋敵である西園寺世界(さいおんじ せかい)の手によって命を落とした誠の首を切り落とし、その首を抱えて船で海を漂いながら「これで二人っきりですね」という恐ろしすぎるラストシーンは、あまりにも衝撃的です。
School Daysの作者は、戯曲サロメの話をオマージュしたのか、何らかの影響を受けたのではないかと思わずにはいられません。
妖しい空気が漂う「壱百満天原サロメ」という名
サロメという名前は、恋した男性の首を所望してキスする様な、どことなく妖しい雰囲気が漂っています。
最近のYoutubeではVirtual Youtuberという形態が多く広まり、様々な演者がそれぞれの個性豊かなキャラクターを演じています。
その中でも独特な語尾とテンションで強烈な個性を放つキャラクターに「壱百満天原サロメ(ひゃくまんてんばらさろめ)」という「にじさんじ」のVTuberが話題です。
視聴すると、とって付けた様な上品な言葉遣いが突然襲ってきて、不意な攻撃に思わず吹き出してしまいます。
「臭っせぇですわ~」は、もう臭っせぇの時点で上品でも何でもなくて、苦笑いしながら「おいおい」と突っ込みたくなりますが、矢継ぎ早にその攻撃が繰り出されるため、気が付いたら虜になってしまうという、吸引力のある不思議な魅力にあふれています。
知らない間に身近にある宗教
普通に生活している日本人は、自分は宗教とは関係ない生活を送っているし、興味もないと思っていることも多いですが、身近なYoutubeのキャラクターでさえ、宗教に通じるような名前があったりします。
ミケランジェロのダビデ像がユダヤ教の物語の登場人物だったり、色々と知っているものの中にも宗教のお話が関係していることも多く、学べば学ぶほど面白い事実と出会えます。
今回はあまりにも最近耳に入ることが多くなった「サロメ」という名前と、その恐ろしい歴史について振り返ってみました。
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