2021年12月18日土曜日

宗教を禁じられた日本人の歴史

日本人の興味深い宗教観を歴史から考える


世界中の日々色々なニュースが耳に入ってきます。

世界にはいろいろな考え方の人がいて、宗教に関する倫理観から起きる事件などが報じられることも多く、そのニュースを聞く私たち日本人には、その考え方を不思議に思うようなこともあります。

日本人は、無宗教民族と言われることもあるほど、宗教に対して興味がなかったり、宗教を毛嫌いするような民族であることは、世界的にも有名です。


日本人の宗教観の構築については様々な要因が複雑に絡んでいるわけですが、特にここでは有名な宗教との歴史を紐解き、宗教が日本人から離れていった事実を見つめ直してみることにします。


私が次の天皇だ - 道鏡の野望と仏教の排除


「道鏡」は奈良時代の僧侶でしたが、奈良時代の48代天皇の孝謙天皇に取り入り、僧侶でありながら政務も行っていました。

現在は「政教分離」の考えのもと、政治に宗教は関わることができなくなっていますが、その考えが広まる要因にもなったのが、「道鏡事件」です。道鏡はある日、次の天皇を道鏡にすれば天下安泰となると神託があったとし、天皇陛下の地位を狙います。


しかし、この信託は虚偽であることが発覚し、道鏡並びに仏教は日本の政治の中枢からは除外されていくことになり、仏教自体も一般的な宗教から密教と言われる厳しい修行を行うものへと変化していきます。(女系天皇の場合に起こりうるリスクとして、当時の政治家にはトラウマにもなってしまったようです)

当時最先端の倫理観でもあった仏教は、徐々に日本で広がりを見せていましたが、この事件によって日本の中心から遠ざけられ、後の世に一般的な浄土宗などに変化をして今に伝わることになりました。

冠婚葬祭では寺社仏教の形式で執り行われるのが通例で、儀礼的なものにはこの道鏡事件の影響はなかったようで、信心はなくても葬式は仏に手を合わせるという風習だけが残ったのも非常に興味深い変化です。

神のご加護の代わりに領土をもらう - キリスト教弾圧


16世紀にヨーロッパでは産業革命が起こり、大航海時代から植民地政策といった帝国主義が世界中を侵食し始めていました。

日本は極東と言われるほど大陸の東端に位置し、その魔の手が伸びてくるのにも時間がかかりましたが、信長から秀吉の時代には主に九州にその影響が出始めます。

歴史の授業では「キリスト教伝来」と良い事の世に習いますが、当時の帝国主義や植民地支配の過程では、キリスト教や外国の豊かな物資を餌に、徐々にその領土の支配権を奪っていくというやり方が主流で、実際に九州の港付近は外国人街が形成され、日本の統治が及ばない状態になっていました。

これに激怒した秀吉は、「伴天連(バテレン)追放令」という外国人を追い払う法令を制定し、キリスト教 = 外国の植民地支配の手法として弾圧します。


オランダは(真意は判りませんが)キリスト教の布教を行わず、純粋な貿易だけを行うという名目で日本に取り入ったため、その後の鎖国状態となった間も貿易を続ける友好国であり続けました。

仏教を禁じられた後の日本に差し込んだ新しい神の教えは、日本のトップによって排除されるという憂き目にあい、再び日本の信仰の対象は失われることとなりました。

戦争に向かったのは信仰が原因 - GHQによる国家神道禁止


江戸時代には失われた信仰の対象を考え、日本人とはどういうものかと研究が進みました。特に国学や水戸学と言われる、「天皇を中心とした国」という考え方は、広く日本人に受け入れられました。

特にペリー来航依頼、日本を外国から守るべきという「攘夷」という考え方とあわせて、「尊王攘夷」という言葉が水戸学の中で使われた後は、この考え方を基に日本を作り直すという大きな動きとなり、明治維新へと突き進みました。


天皇陛下を「現人神(あらひとがみ)」として崇拝するという日本古来の神道を発展させた考え方で、日本人は強固に団結し、「富国強兵」を突き進みますが、時代の流れと合わせてアジア諸国との戦争が激化し、最終的には敗戦する事になりました。

敗戦後に日本を統治していたGHQは、日本人の考え方や政治の進め方を研究し、国家神道という人を神として崇める考え方に要因があると断定します。


それまでの日本の教科書には歴代天皇陛下の名前が載っていて、日本の小学生はそれらを暗記していたらしいですが、そういった国家神道に通じる教育は、戦後全て禁止となり、教科書の多くの部分は黒塗りされて封印されることとなりました。

一致団結した宗教である国家神道も、こうして日本人から失われてしまいました。

まとめ - そして日本から信仰の対象が失われる - 


仏教、キリスト教、国家神道と、日本に広く浸透した宗教は、こうして日本の政治的な理由ですべて弾圧、排除されてきました。

この政治的な理由がすべてではありませんが、日本人が神様を信じない民族となり、葬式や結婚式などの儀礼的な物だけは宗教行事を行うという、不思議な宗教観が形成されたとみることができます。

世界でも、こうした特殊な歴史を持っている国は珍しく、日本の宗教観はとても興味深いです。

個人的には、世界3大宗教でそのうち最大の信者をもつと予想されているイスラム教が、日本ではそれほど信者がおらず、あまり歴史に影響していないことも、とても興味深く思っています。砂漠気候で生活する上で非常に有効なイスラム教の教えが、日本という水や食料が比較的豊富で気温も温暖な地域ではあまり受け入れられなかったのでしょうか。


今回は日本の歴史と宗教を振り返ってみました。改めて日本はとても面白い国だと思いました。今後も最近のニュースだけでなく、そのことに関連した歴史や宗教などについても学習していきたいと考えています。

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